東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)18号 判決
一 前掲請求の原因のうち、原告を特許権者とするその主張の発明について、被告のした特許無効審判の請求から審決の成立にいたる手続、発明の要旨および審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
1 本件(一)、(二)の発明がそれぞれ審決認定の各(Ⅰ)ないし(Ⅳ)の構成を主たる要件とするものであることは原告の争わないところである。なお、原告は本件発明が特に五〇ミクロン以下の微細粒子の熱交換を目的とするものであると主張するが、本件発明の前示要旨には原料粒子の大きさについて格別の限定がない。もつとも、本件(一)の発明については、「キルンガスを原料粉末の自由沈降速度より大きな速度で室中を上方に通し…………」と規定されているところ、成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明の明細書中発明の詳細な説明には「粒子が非常に細かなとき、すなわち粒子の平均の大きさが五〇ミクロン以下、例えば二〇ミクロンで粉末状のとき、ガスが粒子の大部分を随伴して対向流作用を失わせるから困難を生ずる。」(公報第一頁左欄第三八ないし第四一行目)との記載があり、その困難を解決することが本件発明の課題となつていることが認められるけれども、それだけでは、本件(一)の発明における原料粒子がその自由沈降速度とガス流の速度との関連から五〇ミクロン以下に限定されているものとは解しがたく、他にそのような解釈を補うべき特別の事情もないから、原告の前記主張は採用することができない。
2 本件(一)の発明の進歩性の有無について
(一) 第二引用例に審決認定の記載があることは原告の争わないところであり、その記載および成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、同引用例の発明は、固体粒子を上方向に流れるガス中に供給し、その粒子がガス流の中を重力で落下するようにして熱交換を行わせる方法および装置に関するものであつて、特に、その明細書の記載のように、「本発明の方法は、石灰または鉱石の燃焼のような種々の応用例に使用することができ、セメントの製造に特に有用である。この場合、セメント製造で生じる乾燥、予熱、燬焼、焼給、冷却のいずれの段階にも応用できる。………また、熱ガスは粒子が燃焼されるキルンからのものでもよい。」(第一頁第一欄第五八ないし第六七行目)こと、そして、同引用例のものにおいては、その添付図面(別紙第三図面、〔編註〕省略)第2図に示されるように、立筒11は、複数の仕切壁22および横断壁25によつて上下に配置された各空間(室)24に区画され、空間24は仕切壁の通路23と横断壁の中央にある開口部26によつて順次、次の空間と連絡し、通路および開口部の総断面積はその上部の空間の断面積より小さく、最上部の空間に管状壁27を通じて原料粉末が送られるようになつていることが認められる。してみれば、同引用例には、明らかに本件(一)の発明と同様、セメント原料粉末を回転キルンからの熱ガスと熱交換させて予熱する方法において、その(Ⅰ)の構成と同一の技術内容が開示されているものといわねばならない。
(二) 次に、右甲号証によれば、同引用例の発明は、その明細書中「上方に移動するガス流における非常に細かい粒子の落下速度は小さいが、大量の粒子がガス中に浮かされるときその落下速度が増すことが知られている。ガスの単位当りの粒子の数が増加すると、粒子はもはや個々の粒子として動作しなくなり、ガス中をかなり急速に全体として一個の物体のように動く。」(第一頁第二欄第三四ないし第四一行目)との記載のような知見に基づいて熱交換が行われるものであることが窺われる。そして、同引用例の発明の立筒内におけるガスおよび原料粉末の挙動について右知見並びに右甲号証によつて認められる明細書の記載(第二頁第三欄第一二ないし第六七行目)により追究すると、同引用例の発明において、上方に流れるガスは、その速度が通路23内において原料粉末を懸吊する速度よりはるかに大きくなるから、総体的には勿論、原料粉末の自由沈降速度よりはるかに大きく、また、通路23を出たガス流は、通路23が立筒11の軸に対して傾斜して設けられているため、より広い空間24において旋回流を形成しつつ、その側壁に沿つて流れ、なお、ガス旋回流は、空間24において速度が減少するとされているが、通路23内における速度をある程度保持するため、通常の上昇速度よりは大きい速度を有するものと考えるのが相当であり、他方、原料粉末は、空間24内においてガス旋回流に乗つて、遠心力を受け、その外側に当る空間24の壁側に寄せられて、濃度を高められ「一個の物体」のような集合体となつて、ガス流とは逆に空間24内を降下するものと考えられる。
そうだとすると、同引用例には、ガス速度を原料粉末粒子の自由沈降速度より大きくする本件(一)の発明の(Ⅱ)の構成と同一の技術および旋回するガス流の作用によつて、ガス中に随伴された原料粒子を集合体とし、ガス流とは逆に沈降させて熱交換を行なう同(Ⅲ)の構成と同一の技術が開示されているものというべきである。
原告は、第二引用例の発明において、仕切壁等にある開口部(通路)の断面積を上方空間のそれより小さくしたのは、本件(一)の発明の場合と異なり、各壁の上肩部に落下する粒子を堆積させ、開口部に高速のガス流を通すことにより、粒子の落下を一時的に喰いとめて堆積された粒子とガスとの接触時間を延ばすためである旨を主張し、前出甲第四号証によれば、第二引用例の発明における仕切壁等の上肩部には原告主張のように粒子を堆積させる目的のあることが認められるけれども、それだからといつて、本件(一)の発明の(Ⅱ)、(Ⅲ)の構成と同一の技術思想の開示があることが否定されるものではない。むしろ、前出甲第二号証によれば、本件発明の明細書および添付図面第3図に、その実施例として記載された装置の水平隔壁31の上には粒子堆積物34が存することが認められるから、第二引用例の発明における仕切壁等の上肩部の目的ないし構成が本件(一)の発明の右各構成と相容れないものでないことは明らかである。
その他、右両発明の技術思想ないし原理の異同に関する原告の主張は、いずれも首肯し得る根拠を缺き、上記判断を動かすに足りない。
(三) また、第一引用例に「熱交換のため」との部分を除き審決認定の記載があることおよび同引用例の発明におけるサイクロンの作用が本件(一)の発明の(Ⅳ)の構成のそれと同一であることは原告の争わないところであり、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、同引用例の発明におけるサイクロン(多重旋回分離器)は、これによつて分離した微粉を外部に取出してしまわず、供給原料とともに予熱器に戻す作用をするのであつて、ダスト回収装置として空気の汚染を防ぐのみならず、原料粒子のすべてを有効に利用するという目的、効果を併有することが明らかであるから、結局、その目的、効果において本件(一)の発明の(Ⅳ)の構成と異ならず、換言すれば、同引用例には本件(一)の発明の(Ⅳ)の構成たる技術思想が開示されているということができる。なお、第四引用例の発明におけるサイクロンの構成が本件(一)の発明の右構成と同一であることは原告の争わないところである。
(四) 以上の次第で、審決が第二引用例の発明を本件(一)の発明の(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の構成と、第一引用例および第四引用例の発明を本件(一)の発明の(Ⅳ)の構成とそれぞれ一致するとした判断、したがつて、そのような判断のもとに本件(一)の発明を右各引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたとして、その特許を無効とすべきものとした判断はすべて正当というべきであるから、その余の判断を俟たないでも、審決に原告主張の違法があるということはできない。
3 次に、本件(二)の発明の進歩性の有無について
(一) 本件(二)の発明の(Ⅰ)の構成が第一、第二引用例および第四引用例の発明と、同(Ⅱ)の構成と第三引用例の発明と、同(Ⅲ)の構成が第一ないし第四引用例の発明と、また、同(Ⅳ)の構成が第四引用例の発明とそれぞれ一致することは原告の争わないところである。
もつとも、原告は、本件(二)の発明の(Ⅱ)の構成における隔壁には上昇するガス流に各室において旋回流を生じさせる機能があるのに対し、第三引用例の発明における漏斗型隔壁にはそのような機能がないと主張するが、本件(二)の発明において隔壁に原告主張のような機能があるのが同発明の装置を本件(一)の発明において規定されるような特定条件のもとで操作した場合に限られることは自明の事柄であるから、そのような操作条件の規定がない本件(二)の発明について原告の右主張が妥当しないことは多言を要しない。
(二) そうすると、審決が第一、第二引用例および第四引用例の発明を本件(二)の発明の(Ⅰ)の構成と、第三引用例の発明を同(Ⅱ)の構成と、第一ないし第四引用例の発明を同(Ⅲ)の構成と、また、第四引用例の発明を同(Ⅳ)の構成とそれぞれ一致するとした判断、したがつて、そのような判断のもとに、本件(二)の発明を右各引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたとして、その特許を無効とすべきものとした判断はすべて正当であるから、その余の判断をするまでもなく、審決に原告主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(一) 後に回転キルン中で燃焼してセメント・クリンカーにするべきセメント原料粉末を回転キルンからの熱ガスと熱交換させて予熱する方法において、互いに上下に配置された多数の室の上部室に原料粉末を送り、各室を一個または数個の開口部によつてのみ次室と連絡し、その開口部の総断面積をそれより上方の室の断面積より小さくし、キルンガスを原料粉末の自由沈降速度より大きな速度で室中を上方に通し、ガスが各室中で循環通路を流れ、ガスに随伴された粒子の若干が循環通路中でガスから沈降し集合体となり、この集合体がガスと逆に流れて室中を下方に通り、最上部室を去る若干の随伴粒子を含むガスは、後に上部室に戻つて新鮮な原料粉末粒子と混合される粒子を除かれるようにすることを特徴とする方法
(二) 下端が回転キルンの上端に連結した立筒を有し、キルンからの熱ガスは立筒を通つて上方に流れ、原料粒子は立筒からキルンに落ちるようになつており、立筒は、これの壁から内下方に突出した隔壁によつて上下に並んだ多数の室に分離され、各室は、次室との間に形成された単一開口部によつて次室と連絡し、かつ、上方室の断面積に比べて小さな断面積を有し、立筒にその上端近くで原料粉末を導入する管と、立筒の頂に連結した細粉集収器と、細粉集収器に沈降した細粉を再び立筒にその上端近くで導入する管とを有することを特徴とする原料粉末予熱器